私たち、そおう福祉会が目指している仕事。

それは、単なる介護ではなく、
その人の人生に寄り添い、丸ごと受け止めることです。

お客さまが生きてきた歴史を想像し、敬意を払う。
一人ひとりを見つめ、心の声に耳を澄ます。

「ニーズに応える」ではなく、
先回りをして必要なサービスを創り出すことで、
心から居心地がよく、いつまでも幸せを
感じ続けられるような場を提供します。

そのために何よりも、
働く人にとって、生きがいと誇り、つながりを
感じられるような環境を大切にします。

そおう福祉会が描く未来

24時間365日、
1対nで関わる介護。

昨今、ニュースで話題になるように、
介護の現場では様々な問題が起きています。
その原因の一つに、職員の働く環境があると思います。

今の介護施設では、職員と入居者は1対1の関係、
1人の職員の経験、能力に頼った介護になりがちです。

私たちは、この現場任せになっている介護を変えていきたい。
大切なのは、思いだけでなく、しくみで解決すること。

例えば、そおう福祉会の一部の介護ベッドには、
就寝や離床の有無、心拍数が判る「眠りSCAN」を導入し、
職員の見回りをサポートするツールとして活用しています。

その他、位置情報システムによる入居者のモニタリングシステム、
職員間のコミュニケーションを効率化するプラットフォーム、

食事や排せつを自動管理するシステム等も開発中です。

こうしたしくみを導入することにより、職員は孤独にならず、
常に周囲から支えられている状態を作ることができます。
入居者は、施設内の各専門家で構成されるチームにより、
24時間365日、見守ることができます。

目指すは1対1ではなく、1対nで関わる介護。
より安全で質の高い介護を実現するために、
私たちは1つ1つ、形にしていきます

「私を見てちょうだい」

~ 聞くべき心の声 ~

看護師さん、いったい何を見ているの?私の何を見ているの?

あなたがたに見える私は、ただの不機嫌な顔をしたぼけ老人でしょうね。
ぼんやりとうつろな目をして、つぎに何したらいいかもわからない老人でしょうね。

ぼろぼろこぼしながら食べものを口に運び、
「ちゃんと食べて」と大声で言われても返事もしない老人でしょうね。

看護師さんのしてくれることには知らん顔をして、
年がら年中、靴や靴下の片方をさがしている老人でしょうね。

お風呂や食事を嫌がってみても、
どうせ他にすることもないからって結局はいいなりになる老人でしょうね。

どう、その通りでしょう?これが、あなたがたに見える私でしょう?

さあ、看護師さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここでじっと座って、命令されるままに動き、
言われるままに食べる私が本当はどういう人間なのか教えてあげるから。

私はね、10の歳には両親や兄弟の愛に囲まれた子どもだった。
娘盛りの16には愛する人に巡り合える日を夢見る乙女だった。
20歳で花嫁となり、心弾ませて「この人に一生を捧げます」と誓ったのよ。
25には母親となって、子どもたちのために心安らぐ家庭を築こうとした。

もう私は年老いてしまった。
時の流れは情け容赦なく年寄りをおろかに見せ、身体をぼろぼろにし、
美しさも精気もどこかへ追いやってしまう。
そして、かつての柔らかな心は石のように閉ざされてしまった。

でもこの朽ちかけた肉体の奥には、若い娘がいまだに棲んでいるの。
この苦しみに満ちた胸は、
今一度過ぎ去った日々を思い出しては喜びに弾み、悲しみにふさぐ。
こうして人生をいつくしみながら、もう一度生き直しているの。

駆け足で通り過ぎていった、あっと言う間の年月を思うと、
人生のはかなさをつくづく思い知らされる。

そうなの、だから看護師さん、よおく目を開けて、私を見てちょうだい。

ここにいるのは、ただの不機嫌なぼけ老人じゃない。
もっと近くに寄って、本当の私を見てちょうだい。


著者不明 ドナルド・ダールステン寄稿
スコットランドのある病院で見つかった詩